帰りに歩いたらいいよ
「以布利までは国道を行きなさいよ」
久百々のおかみさんはそうアドバイスしてくれました。砂浜は歩きにくいし,それほどのショートカットになるわけではないということです。それは前回歩いたときに実感していたので大いに納得しました。
朝の4時は真っ暗です。国道を歩くのがいちばん安全,道を間違えることもありません。
以布利漁港で海の向こうから朝日が出てきました。
以布利では海沿いのへんろ道を歩きます。
木陰は涼しい
以布利遍路橋でショートカットした後,県道を避けて遍路古道に入ります。木陰の涼しさはほとんど天国,これが室戸に向かう国道行脚との大きな違いです。室戸岬へは国道55号線をひたすら歩きます。特に東洋町からは国道と太平洋以外何もありません。正午前後は,自分の影以外どこにも日陰がない状況がずっと続きました。
足摺へんろ道はちゃんとした国道がないおかげで,逆に狭い木陰道で安らぐことができました。
道路拡張工事
ところが,足摺にも開発の波が少しずつ押しよせてきていました。
道路を拡張して整備することはクルマにとってはたいへんいいことでしょう。しかし,歩く人にとっては必ずしも歓迎すべきことばかりではありません。道幅が広がれば,日差しから守ってくれていた木々がなくなり,太陽とまともにこんにちは状態になってしまいます。
室戸もおそらく昔は鬱蒼と木々が茂る中に細い小径があるばかりであったに違いありません。クルマにとっては都合の悪い道だったのでしょうが,歩く人には優しい道だったはずです。そんな「やさしい道」が「りっはな国道55号線」に進化してしまいました。クルマはよろこんだでしょうが人はたぶん新たな重荷を背負ってしまったのではないでしょうか。
木陰トンネル
とくに快適だったのは足摺岬手前2kmの木陰トンネルです。ただ,この道の命もあと数年でしょうか,整備された幅広の道路が進延しつつあります。近いうちに足摺岬まで快適な自動車道が完備され,こんなのどかな小径はなくなってしまうでしょう。それは文明開化という”正しい”道なんでしょうが,本当に正しいのかどうか,ちょっと立ち止まって考えてみてもいいと思います。
足摺岬とジョン万次郎
前回足摺岬に着いたのは昼過ぎ,3時ごろだったと思います。その時刻は太陽が万次郎の背後から日を刺していたので,写真は逆光状態でした。今回は昼前,11時ちょっと過ぎにつきました。正面から日が差していて,くっきりと鮮やかな写真が撮れました。
民宿久百々を出立して6時間半,約20km,ちょっと遅いペースですが何とか四国最発端までやって来ました。
出店でアイスクリンを買って食べました。酷暑の疲労困憊には甘い物が最適です。5年前はかき氷のおいしさに感動しました。熱いときにはビールでキューッといっぱいなんていうのは中途半端な疲労状態での快感です。本当に疲れ切ったときはアルコールなんて役にたちません,甘い物がじわっと体を癒やします。
アルコールは一時的なごまかし,人体に活力を与えるのは本当は甘い物です。
足摺岬
足摺岬は絵になります。ここが四国最南端だと思うとそれだけで特別な感慨があります。ここから先は未踏の太平洋が延々と続きます。このさきには補陀落寺が本当にあるのでしょうか。
足摺岬の灯台は美しい燈台です。広大な太平洋に立ち向かうように起立して立つ小さな燈台がいじらしくも,美しく思えます。
金剛福寺
極楽にあるという鏡面池のような池を境内にもっている金剛福寺は現世に出現した極楽のようでした。水面に映る映像というものはいいものです。普通の景色も映されることによって浄化された純粋さを映し出せるような期待があります。現実の世の中は嫌だけど,映っている景色は許せるような気がするのです。
金剛福寺はそんなところでした。何といっても四国最南端ですから,それだけでも尊敬に値します。
今が自分,今からが自分
この言葉いい。
昨日までの自分なんて結局ないのだし,明日の自分なんて本当にあるのかどうか分からないのです。
父が2年前に死にました。わたしにとって唯一尊敬し,大切に思える存在でした。死んでしまったときにわたしは父のそばにいませんでした。自分の仕事のほうを優先し,父に声をかけることを余りしませんでした。父の死に目には会えませんでした,父は淋しかったかもしれません。
今,わたしは思います。
「お父さんはどこに行ってしまったんでしょう」
と。わたしの中にはお父さんは今でも生きています。でも,どこかにいってしまいました。
以布利へんろ道
このあたりで今日の歩行距離が30kmぐらいに達していたのでしょうか,以布利漁港についたときには極端にへばってしまいました。道端の自販機,そのわずかな日陰でダウン,あと8kmを歩き通せるのかどうか本当に心配になりました。
でも,少しの時間でもすわって休むと体は回復します。この反応はすごいことと言うしかないでしょう。もうダメだと思っても,ちょっと休むだけで4kmも5kmも歩くだけの力が湧いてきます。人間のもっている力は計りしれません。
緊急避難
大岐マリンの喫茶店で何とか意気再生しました。手前の大岐街で西日に晒されながら歩き,昏倒寸前まで追い込まれました。強烈な西日が低い確度から照射され,顔面に打撃を与える状況の苛酷さをはじめて体験しました。一時ならそんなに強い日差しではないのでしょうが,それがずっと続くとなると負荷はとんでもなく大きくなります。
大岐の県道をずっと強い日差しを受けながら歩きあました。民宿久百々まではあと8km,その距離が耐えきれないほど負担になったのです。そのとき見えたのが,こじゃれた喫茶店,問答無用で入りました
「暑いですね」
「暑いですよ,ちょっと冷やさないと,死んじゃいます」