阿波の関所
四国霊場には4つの関所寺があるりますが立江寺はその一つです。 「心がけの悪い人は,山門から先には進めない」とも言われます。私はなぜか先に進めました。
自転車でウォークラリーのようなことをしている団体でしょうか,黄色や赤いTシャツを着た男の人がたくさん入ってきました。この人たちもすいすい山門を通過していました。みんな心がけのよい人に違いありません。私も大いに自信を深めました。
ちなみにあと3つの関所は次の札所です。
土佐の関所:27番「神峯寺」
伊予の関所:48番「西林寺」
讃岐の関所:66番「雲辺寺」
冷泉の源泉
なんのためにあるのか分かりませんでした。道端にあり,蛇口をひねると水が出ました。冷泉でしょう,触るとほど好く冷たく気持ちのいい水でした。冷泉と名が付くんですから何らかの効能があるような気がします。
「これ、飲めるんだろうか」
ここが品質表示に頼りっきり,自分では判断できない現代人の情けなさです。結局手に触れるだけで,それ以上のことは試せませんでした。とんでもなく素晴らしい泉だったかもしれません。
うちのじいちゃんなら,舐めてみて,
「ん、だいじょうぶ」
と言って,がぶがぶ飲んだろうと思います。
効能があろうがなかろうが,飲めるか飲めないかは自分で判断して,おいしくいただきます。昔の人が,基本的な生存能力を確かにもっていたのにくらべ,現代人は大切な能力をなくしてしまったような気がします。
大きく山肌を削られた山を見ました。人間って,いったい何をしているんだろうと思います。あの土を使って,道路や住宅を造るんでしょうが,地球にしてみれば決して愉快なことではありません。
別格3番「慈眼寺」
鶴林寺登山口,ここで今日の宿の「ふれあいの里さかもと」の送迎を待ちます。宿まで車で送ってもらい,明日の朝ここまで車で乗せてきてもらいます。同じところまで車で戻ってもらうので,歩きへんろは途切れることなくつながる,ということになります。
登山口から「さかもと」までは7㎞ぐらいと言われました。車ですいすい,10分とかかりませんでしたが,歩くと結構な時間がかかるだろうと思います。
元小学校
「ふれあいの里さかもと」は廃校になった小学校を宿泊施設に改装した宿でした。
地域興しの一貫だそうです。
学校はたいてい集落や地域の真ん中にあります。さまざまな活用案が出たそうです。そして宿泊施設として再出発することになったそうですが,実際はいろいろなことに利用しているようです。
「地域の人ほとんどが何らかの形で関わっています」
本日軽トラックの助手席に乗せていただいたおばさんも,野良仕事の途中で呼び出された,といった状況だったようです。フロントや厨房,客室係など,集落の人が交代で携わっていました。
「今日の宿泊はひとりです」
といわれ,学校にひとりだけ泊まるのもなんだか気味の悪いものを感じましたが,中に入ってしまうときれいでとても気持ちのいい宿でした。
それに,地域の何らかの会合があったのか,夜の10時過ぎまでたくさんの女性の話し声が漏れ聞こえてもきました。本当にいろいろな用途で活躍しているようです。
私の部屋は,元校長室だったようですが,室内はすっかり宿泊施設に変わっていました。
この日のお大師様
宿からは,別格3番「慈眼寺」へのオプションへんろになります。オプションの部分は片道で約3㎞の登山です。宿の人によると,
「1時間半もあれば着くよ」ということでした。
大きな荷物は宿に置いて出発,納経帳に宿でもらった地図,雨とピーナッツと水1リットルを持ちました。
「あと30分もあればさっき頼んだおにぎりが着くけど,どうする?」
昼飯はどうするかと聞かれて,コンビニおにぎりを頼んでいたのです。
「帰ってから,食べます」
少しでも早く出発したかったので,そう答えました。いきおいでおにぎりを頼んでしまいましたが,この時点では要らないなとも思いました。
フロントのおじさんの丁寧な道案内を聞いて,もう大丈夫と出発しました。
ところが,宿を出てすぐ,道を確かめようと地図を取り出そうとしたらありません。袋を見て,ポケットを見て,もう一度袋を見て・・・,そんなふうにうろうろしていたところに背中から声がかかりました。
「おへんろさん,おへんろさん。・・・,おにぎり,,持っていく?」
赤い車から若い女性が降りてきました。
「こっち,道違うよ。あっち,あそこから上に行かなくっちゃ」
すぐ手前ののぼり道を指さします。
「そっち,降りてったら,たいへんだったよ」
この出会いはまさしくお大師様でした。おにぎりはともかく,道を間違えていたら,とんでもないことになっていました・本当に大事なときにお大師様は出てきてくれます。ほんとのこと言って,あまり信心は強い方ではないのですが,ちょっとずつちょっとずつ,お大師様に引かれていっています。
もちろん,おにぎりも慈眼寺でおいしくいただきました。
私のお大師様
ナンバー1は何といっても,焼山寺出であった青いシャツのおじさんです。このおじさんのペースは私が意識する以上に私の身に染み込んでいました。この日の慈眼寺登山中もしばしば意識しました。9日間を通して,足を痛めず歩けたのはみんなこのお大師様のおかげです,といったら大げさでしょうか。
第2は,「さかもと」の女性スタッフ,おにぎりを持って現れたお大師様です。
第3は,熊谷寺で道に迷ったときの自転車お大師様です。
私が一緒に行きます
慈眼寺には大師堂しかありません。本堂はどこかと尋ねると,
「本堂はこの上,穴禅定が本堂です」
1人で行くと,3,000円,2人だとやっぱり,3,000円,3人でも 3,000円です。この不思議な料金体系がはじめは分かりませんでした。
「自分ひとりで行くんですか」
と,尋ねると
「私が一緒に行きます」
納経所の女性が何をたわけたことを言うんだ,という顔をして言いました。
「穴禅定は行場ですから,持っている荷物はみんなここに置いて,行場専用の白衣を着ていただきます」
「カメラも,ウェストポーチもダメですか」
「壊れても責任を持てません,それでも良ければ」
少し迷いましたが,写真は携帯で撮ることにしてカメラは置いていくことにしました。この判断は正解だったのですが,その理由は鍾乳洞に入ってはじめて分かりました。
せまい,痛い,真っ暗
とにかく狭い。幅30㎝のくの字型,Uの字型になった隙間を通るというイメージが近いか。
「左手を先にのばして横向き,左膝から着いてお尻をぬく。抜けたら,お腹,肩,頭の順に横に抜いていきます。最後に右手です」
先導する案内のおばさんからひとつひとつ丁寧に指示してもらいます。順番を間違えたり,前向きになったりすると,岩の間につかえたり挟まったりしてしまいます。
「頭が抜けたら,腹ばいになって,匍匐前進です。膝をついてください」
こんなのが往復200メートル続きます。
不自然な形で膝をついたり,無理に身体を反らしたりするので,痛みも伴います。それに真っ暗なので,左手にロウソクを持たされます。
「私が一緒に行きます」と言われたわけが十分分かりました。そして,3,000円もする理由も理解でき,納得できました。
「お大師様が修行されたところです」
なるほど,まさに”行場”でした。
ふれあいの里さかもと
風呂は大きくてゆったり,温泉のようないい匂いがしました。温泉ではないかもしれませんが,たいへんきれいでいいお風呂でした。
夕食はおいしいだけでなく,とても手が込んでいて高級感もありました。
田舎のおばちゃんたちがかわりばんこに作っている料理だとはとても思えません。単に村興しというだけでなく,いろいろなことを勉強され,修練されたんだと思います。部屋も広くて清潔でくつろげました。
何よりも,たくさんのスタッフが私ひとりのをもてなしてくれているんだと思うと,もったいなくも有難い気持ちになりました。そんなに多くの収入になるわけではないと思います。ボランティアという言葉ふさわしくありませんが,儲けだけで働いでいるわけではないように感じます。